私が子どもに対して「おうちの人」という言葉を使う2つの理由

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元公立小・中学校教員のぴーちょこです。

教員は常に、「人権感覚」を磨くことが大切だと思います。

人権感覚とは、人権の価値やその重要性にかんがみ、人権が擁護され、実現されている状態を感知して、これを望ましいものと感じ、反対に、これが侵害されている状態を感知して、それを許せないとするような、価値志向的な感覚である。

https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/024/report/attach/1370701.htm

私が教員時代に気を付けていたことがあります。 それは、「お父さん、お母さん」という言葉の使い方です。

使わないわけではありませんが、クラス全員の前で話すときのように、大勢の児童生徒を前にする時は、「おうちの人」または「家の人」という言葉に置き換えることが多々ありました。

どうしてそんなことをしていたか、理由を交えながらお話します。

目次

父、または母がいない子へ配慮するため

数十年前に比べると、母子家庭や父子家庭などのひとり親世帯が増加してきました。「平成28年度全国ひとり親世帯等調査結果の概要について」によると、平成28年年度の調査では、

母子世帯は、123.2万世帯

父子世帯は、18.7万世帯

です。割合としてどれくらいかというと、18歳未満の子どもがいる世帯の約10%が母子世帯、父子世帯は約1.5%くらいです。ひとり親世帯の多くは、母子世帯ということになります。

ひとり親世帯の割合について、地域差、学校差があるのは当然ですが、40人学級であれば、単純計算で3~4人の児童生徒はひとり親世帯という計算になります。つまり、どの学級にもひとり親家庭が存在すると思った方がよいでしょう。ひとり親世帯は、めずらしくもなんともない時代です。

自分の学級、学校を思い出してください。教室の中に、お父さんがいない子、お母さんがいない子はいませんか。中には両親がいないという子もいます。いやいや、もっと複雑な家庭の子を受け持っているよという先生もいらっしゃるでしょう。

「今から配るプリントを必ずお母さんに渡してね。」と何気なく教師が言ったとき、もし教室の中に母親がいない子がいたらどう思うでしょう。

この場合、私なら

「今から配るプリントをおうちの人に渡してね。」

と言います。 中堅からベテランの先生にとっては当たり前のことかもしれません。また、若手の先生であっても、きちんと子どもへ配慮が行き届く先生であれば、当然のようにひとり親家庭の子を傷つけるようなことは言わないと思います。

自分が学級担任で、学級の子どもたちの家庭状況をしっかり把握できているなら問題はないです。しかし、把握していない学級へ入るときは注意が必要です。中学校の場合、教科担任制ですから、様々な学級に入ります。中学校は学年団として、多くの情報を共有しながら協力して指導に当たるとはいえ、うっかり忘れてしまうこともあるものです。

ひとり親家庭かどうか気にして、言葉遣いまで配慮しなくても、と思われるかもしれませんが、今の教師にはこれくらいの人権感覚は当たり前にもっているべきだと思っています。

男女の役割に対する偏見をなくすため

家庭科の学習で、各家庭の買い物の工夫について調べさせる時、「買い物の仕方の工夫について、お母さんに聞いてみてね。」と言ったとしましょう。この言い方をどう思いますか?

仮にこの学級の子どもたちは、全員母親がいるとしましょう。それをわかっていて、「お母さん」という表現をしています。しかし、それでも私は、

「買い物の仕方の工夫について、おうちの人に聞いてみてね。」


と言います。なぜなら、家庭によっては買い物をするのが母親の役目ではないかもしれないからです。

私が受け持った子どもの中に、家事の多くを父親がしているという子がいました。その子に、「先生、お母さんじゃなくてお父さんに聞いてはだめですか?」と聞かれてはっとしたのです。その子の家庭は、両親共働きなのですが、母親は看護師で父親がフレキシブルな働き方をしていました。そのため、普段の買い物は父親が担当しているとのことでした。

「買い物は女性がするもの」という偏見が自分の中にあったことに気付かされました。本当にちょっとしたことかもしれませんが、私はこのような細かな配慮をしていました。しかし、こうした細かな配慮の積み重ねが大切だと思っています。

まとめ

今や、「父兄」という言葉を使う先生はほとんどいません。学校からの配付文書を見ても、「保護者」という言葉で統一されています。

公の場では、こうした言葉の配慮は進んでいると思います。しかし、教師個人の言葉となると、まだまだ個人差があると思います。

私自身、教員経験が浅いころは、失言によって子どもを傷つけた経験が多々あります。失言に対して、保護者から苦情を言われたこともありました。それはやっぱり、自分の人権意識が低かったことが大きいと思います。

現代はさまざまな家庭環境の子がいます。ひとり親家庭はもちろん、両親がいない、ある事情によって施設で生活しているなど、多様な家庭環境が存在します。表面上は、そうした家庭環境であっても元気に見え、何ら心配はいらないように見える子もいます。

しかし、心の底ではどんなことを思っているかわかりません。ただ、子どもたちが自らそうした家庭環境にしたわけではありません。そうした環境に置かれているのです。

だから教師には、子どもたちの家庭環境にまで配慮できる「人権感覚」を磨くことが大切だと思います。

少しでも参考にしていただけるとうれしいです。 最後までご覧いただき、ありがとうございました。

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この記事を書いた人

元教員。
公立の小中学校で20年間勤務した経験を生かし、今をがんばる先生方を応援するサイトを作っていきます。

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