元教員のぴーちょこです。
あなたは、自分が子どもの頃の担任の先生について、どんなことを記憶していますか。よい思い出、よくない思い出、人それぞれだと思いますが、強烈に覚えていることはどんなことでしょうか。
先日、中学時代の友達と久しぶりに会い、思い出話に花が咲きました。部活動が同じだったので、部活の話で盛り上がりました。私も友達も顧問の先生には大変お世話になりました。顧問の先生との出来事があれこれと思い出され、楽しかったあの時代を振り返ることができました。
しかし、担任の先生に話になると、途端に友達の表情が暗くなりました。
私と友達は別のクラスだったのですが、友達は担任の先生によい印象をもっていません。このあと、彼は苦い思い出を語ってくれました。
今回は、自分の体験や友達の話から、教師が子どもに与える影響について考えてみたいと思います。この記事を読んでくださる方も、子ども時代を振り返って考えていただけるとうれしいです。
先生との良い思い出 ~部活動の顧問の先生~
友達と中学時代の部活動の思い出を話していると、やはり顧問の先生の話になりました。私も友達も本当にいろいろとお世話になっていて、大人になった今だからそのありがたみがわかるなあ、なんて話にもなりました。
顧問の先生とのよい思い出話で、以下のようなことが出てきました。
- けがをした時、治療に適した医者がいるからと、わざわざ病院まで連れて行ってくれた。
- 感情的に怒ることはなく、自分のプレーのよくないところをデータをもとに指摘してくれた。
- 選手から選手になれない生徒にまで、分け隔てなく指導してくれた。
- 部活ばかりでなく、勉強の大切さも教えてくれた。
- チームの輪を乱す生徒には、容赦なく厳しく叱ってくれた。
この顧問の先生が退職するとき、後輩が退職を祝う会を開いてくれました。そこに集まったのは、8学年にも渡る数十人のメンバーでした。
私たちはすでに大人なのに、今でも私たちの心配をし、一人一人に温かい言葉をかけてくれる先生でした。
先生との悪い思い出 ~友達の担任の先生~
次は、友達の担任の先生です。部活動の話をした後、嫌な思い出もあったと、当時を思い出しながら、担任の先生についての話をしてくれました。この先生は、当時、40代の女性の先生でした。
友達のクラスと私のクラスは、校舎の階が違っていたため、それほど行き来がありませんでした。今回、友達の話を聞いて知ったことがたくさんありました。
友達のクラスは、数人の男子が担任に反抗的な態度をとっていて、担任の言うことを聞かなくなっていたそうです。別の先生だとそういう態度はとらないらしく、完全に担任の先生をなめていたようです。
友達は、この数人の男子のいじめの対象になることがあり、それを担任の先生が助けてくれなかったことが、今でも心の傷になっているそうです。以下のようなことがあったそうです。
- 変なあだ名をつけられ、執拗にそのあだ名でからかわれた。担任に相談したら、「そんなことは気にしない」と言われて、それで終わってしまった。
- 休み時間、男子生徒にお腹をパンチされた瞬間を担任が目撃したのに、目をそらしてどこかへ行ってしまった。
- この数人の男子が学級内で騒がしくしても、注意をしてくれない。
友達は、重い口を開いて教えてくれました。当時、部活の時には暗い表情を見せなかったので、全然気づいていませんでした。もう中学校を卒業してからずいぶん時間が経過したので話せると言っていましたが、その当時は、部活の仲間には言えなかったそうです。
本当に心の傷になっているのだなあと思いました。彼はこの話をしている間、ほとんどうつむいていました。
子どもの心に残るものは何か
子どもの心に残るものは何でしょうか。良いことも悪いことも思い出として残ります。大半のことはほとんど忘れてしまっています。一体、教師のどういう行動が子どもの心に残るのでしょうか。
友達との話からふと考えてしまいました。そして、ぴーちょこが考えた結果は次の通りです。
自分への直接的な関わり
まず一つ思いついたのは、「自分への直接的な関わり」です。これは、よいことも悪いこともどちらも当てはまります。
教師が授業中に話していたこと、つまり一斉に話していたことは、ほとんど覚えがありません。しかし、個別に言われたことやしてもらったことはよく覚えています。
教師が全体に話したことよりも、自分に直接関わったことの方が、記憶としてはっきり残ります。部活の顧問の先生との思い出も、やはり直接言われたこと、指導されたことが記憶の大半を占めています。
友達が当時の担任にもっている悪い印象も、担任から直接言われたことが深く刻まれています。
意外性やインパクト
子どもたちにとって教師の意外な行動やインパクトのある行動は、心に深く残ります。
部活の顧問の先生は、普段あまり感情的に怒らない先生でした。しかし、試合で私が思い通りのプレーができずイライラしているとき、一喝されたことがあります。そんなことを言われたのは初めてでしたし、見たこともありませんでした。あの時の場面は今でもはっきり覚えています。
友達の担任の先生の場合、友達が助けを求めているのに助けてもらえませんでした。当然、助けてくれるだろうと思っていたのに裏切られたのです。友達にとっては、思いもよらぬ対応だったと思います。
私が担任した子に久しぶりに会った時、その子が私のことでよく覚えているのは、卒業式に私が泣いたことだそうです。まさか私が卒業式で泣くような人とは思わなかったのでしょう。
私が高校の時の先生は、インパクトのある行動で思い出に残っています。それは、プリントを配るとき、指をなめることです。そんな先生たくさんいる?いやいや、指につばをつける先生は他にもいましたが、その先生は舌を出して思い切り指をなめるのです。しかも、チョークまみれの指を…。インパクトありすぎですが、その先生は授業がわかりやすい上、面倒見がよく、ていねいに教えてくれるので誰も言えず(笑)。
褒められたことより傷つけられたこと
教師に褒められたことより、傷つけられたことの方が心に残っているのではないでしょうか。これについては、賛否両論あるかと思いますが、ぴーちょこはそう思うのです。
上に紹介した「自分への直接的な関わり」も「意外性やインパクト」も、褒められた場合、傷つけられた場合のどちらにも当てはまることです。
でも、ぴーちょこ自身は、教師の傷つく一言や言動の方が心に残っています。というか、心に傷となって残っています。
まとめ
友達との話をきっかけに、今回の記事を書いてみました。
自分の子ども時代を振り返ってみると、やはり良いことよりも悪いことの方が強く記憶に残っています。しかし、子どもを傷つけることを恐れて、教師が子どもとの関わりに距離を置くことはいけないと思います。
なぜなら、私自身、褒められてがんばれた経験もたくさんしているからです。
人が人を育てるという教師という職業のやりがい、そして責任感を感じます。
教師の言動が子どもに与える影響の大きさを今一度考え、日々の児童生徒に接していきたいですね。